僕は元来、物書きではないのだが、解題論評を含め、様々に文章を認め世に示すことが多い。簡単にいえば、書いて何かを表現する事が好きなのだ。それはもう何十年の昔から。発表の場所媒体はさておき、観た映画の感想を書き、足を運んだイベントの感想を書き、はたまた喰った料理の感想を書く。いずれも断片で、集めてどうという程のものではないのだが、一篇一篇、その時代に応じた感覚や心情を率直に反映していることは確かである。というわけで、ここに掲げる文章は全て過去の僕が書いたものだ。しかし、今の僕がやがては過去の僕になる如く、過去の僕は今の僕の礎となっている。「少年や六十年後の春の如し」とは耕衣の句だったか。これらの文章に触れる事で、菊田裕樹という人間の何が変化し、何が変わらないで来たか、読み解いてみるのも、また一興かと思われる次第。
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「クーデルカ」という仕事は、僕の人生の中で大きな意味を持つ。
嬉しかったこともあり、残念だったこともあり、しかし、制作に費やした二年間は、
無駄ではなかったと、今振り返って思う。
サクノス立ち上げに助力していただいた、元セガ副社長の故藤本敬三氏の思い出。
ロサンゼルスはウエストハリウッドでの夢のようなモーションキャプチャーセッション。
胸に浮かぶままに、語るべきことは尽きない。
ここでは、写真、設定資料、デザイン画を中心に、ゲーム制作のプロセスと、
その印象を綴っている。
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ARTICLE
2000年初頭といえば、前99年まで続いたゲーム市場の未曾有の好景気が終わり、業界全体が守りに入る事で、新しいプロジェクトが全く立ち上がらず、一種の真空状態といった様相を呈していた時期。僕は、自ら創設に携わり社長を務めた中規模開発会社を離れ、新しいゲームとその市場への可能性を模索して、あちこちにアイデアや企画書を持ち込みつつ、自分のサイトに思索の記録となる文章を発表していた。いま10年を経てそれを読み返すと、その発想や視点、切り口は、如何にも僕らしいオリジナリティと示唆に溢れている。出来得れば、時代やテクノロジーの変化諸々を念頭においてこれら一連の文章を眺めて欲しい。それはきっと、ちょっとした冒険にも似た、楽しい経験になるに違いない。- フェアに行こう
- 見せ掛け
- ゲーム音楽に付いて
- 間違いなく危機でしょう
- 3DCGムービーの演出
- 教えてあげたいこと
- 総合的な演出?
- 勝ち負けじゃなくて
- 音(あるいは映像に息を吹き込むもの)
- モーションキャプチャー論
- ちょっと難しい作曲の話
- 行って分かること
- ゲームの制作
- クーデルカという物語
- バーチャルアイドルへの提言
- 近くて遠い日本
- 伝説の日々
- 少女漫画の愉悦
- エキスポ70
- 快楽への扉
- REFERENCE
- 作曲ソフトウェア遍歴
- 奇跡の人
SOUNDS
作曲という行いは本来が刺激的であるが、油断は禁物、漫然とPCに向かえば、単なる作業の如きものになってしまう。退屈な気持ちで作った音楽が人の心を打つわけもなく、常に新しい冒険を心掛けなければ、いくら沢山の音符を連ねようが、記憶の彼方に消え去ってしまう。あるいはGM音源の制約を逆手にとり、あるいは最小限の音数で不思議な和声を組み上げ、作り手の姿勢次第で、音楽という世界は、どこまでも広がることが出来るのだということを、ささやかな挑戦としてここに記しておく。Back to Top
Koudelka Director’s Cut
1997年秋から1999年末まで携わった、「クーデルカ」という仕事は、僕の人生の中で大きな意味を持つ。
嬉しかったこともあり、残念だったこともあり、しかし、制作に費やした二年間は、
無駄ではなかったと、今振り返って思う。
サクノス立ち上げに助力していただいた、元セガ副社長の故藤本敬三氏の思い出。
ロサンゼルスはウエストハリウッドでの夢のようなモーションキャプチャーセッション。
胸に浮かぶままに、語るべきことは尽きない。
ここでは、写真、設定資料、デザイン画を中心に、ゲーム制作のプロセスと、
その印象を綴っている。
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SCHEME
人間と、人間が持つ感性を、解体し分析し、そして再構築することが、創作の基本である。人間は元来、不合理なものであるが、それを如何に合理的な刃で切って取り、理路整然と描いて見せるかが、演出家の手腕だ。不合理だけでは単なる独善的御都合主義に堕して愚かしく、合理だけでは規則至上の役人仕事の如く人の心に響かない。この両面を程よく天秤に懸けながら、企画を膨らませることの出来るゲームデザイナーは少ない。そも、ゲーム企画の発案という作業は、世人の10年先を考え、5年先の技術を編み出し、3年先を行く成果物として形にするのを理想と心得るべきだが、まずもって10年を先んじた考えが理解されることの稀なのは、10年前に僕が考えていた企画を見れば瞭然というわけだ。Back to Top
