バーチャルアイドルへの提言
2000年4月 公開
昨今、バーチャルアイドルというものが、
商業的に取り沙汰されているが、如何せん訴求力が
低いのは、その立脚点を誤っているからである。
字義通りいけば、バーチャルである側面と、
アイドルである側面。この二つがどのような形で
バランスを取るかが、大きな問題なのだ。
そもそもアイドルというものは、それ自体を偶像と
呼ぶように、実体の無いものである。
なんらかの特殊な技能を持つ場合は、俳優なり
アーティストなり、然るべき呼び方をされるであろうから
除くとして、いわゆる「アイドル」という存在には、
他の似たような人々と区別されるべき明確な理由付けがない。
アイドルでなければ、容易に市井に埋没するであろう、
ごくありきたりな男の子あるいは女の子。
(無論、あまりに変な御面相では駄目で、ほどほどに
可愛く整っていることが条件ではあるのだが、)
だが、ここにこそ、アイドルという存在が持つ
アイデンティティーの秘密がある。
アイドルは、生身の人間として我々の目の前に
立たなければいけない。
我々が普通に暮らす日常の中の下世話さ。
有り体に言って、肉体を持つ不自由さを
露呈することこそ重要なのだ。
その逃げようのないリアリティーの上に、
往々にしてファンタジックでさえある虚構の約束事を載せ、
その狭間に生まれる様々な歪みや緊張
(良い意味でも悪い意味でも)を取り沙汰して
楽しむというのが、アイドルというものの、
本来あるべき姿である。
さて、前置きが長くなったが、
バーチャルアイドルというものに話を戻すと、
これは最初からコンピューター上の作り物でしか
ないわけだから、現実やリアリティーには立脚しようがない。
つまり、いわゆるアイドルというものとは逆に、
虚構に立脚し、出発点を得た存在なのである。
例えば、デザイナーがモデリングし、
3Dで作られたポリゴンモデル。
これに、手付でアニメーションをさせる。
作家が用意したシナリオに合わせて、
声優が可愛らしい台詞を喋る。
もうお分かりと思うが、この中にはひとつとして
リアルな要素が含まれていない。
最初からリアリティーを持たないものに、
いくらファンタジックな要素を付加していっても
緊張は生まれない。
進むべき方向が間違っているのだ。
付加すべきなのは、リアルで日常的なニュアンスなのである。
実際、バーチャルアイドルはバーチャルであるという時点で
強烈な非現実性を持ってしまっているので、
それに対抗して緊張感を生み出すためには、
かなり徹底した日常の再現が必要だ。
コンピューター上のデータの集積に過ぎない点の集まりが、
枝毛を気にし、人の顔色を伺い、ちょっと焦り、
他愛の無いことで喜ぶ姿を見るのは、
想像するよりはるかに強く我々の心を揺さぶるに違いない。

菊田裕樹(Hiroki Kikuta) 1962年愛知県生。関西大学文学部哲学卒。漫画家を経て1991年にコンシューマゲーム開発会社であるスクウェアに入社。ゲーム音楽の作曲家として、「聖剣伝説2」「聖剣伝説3」「双界儀」などの制作に携わる。1997年株式会社サクノスを立ち上げ独立、ホラーRPG「クーデルカ」を制作。以後、フリーに。ゲームプロデューサー、ディレクター、シナリオライター、オンラインゲーム設計など、経歴多数。現在は再びゲーム音楽のフィールドを中心に仕事をする毎日。最近作は2010年末にセガより発売されたPSP向けRPG「シャイニング・ハーツ」。