近くて遠い日本
2000年4月 公開
先日知人から「大正~昭和初期の日本」を
舞台にした作品が見たい、と言われた。
僕自身、その時代の日本に興味と愛着があり、
是非いつか実現したいと思っているが、
それは容易ではないだろう。
19世紀末から二次大戦に至るあたりのヨーロッパを
描くのであれば、現地に赴き資料を漁り、
なんとか目処を付けるのは可能だが、
こと日本となると、全く話が違う。
何故なら、その時代のものが何も残っていないからである。
例えばロンドンに行く。
すると、その町並みは19世紀末の頃と、
大きく違う処がない。
元来が石造りで、経年変化に強い建物群であれば、
風雪に耐え、昔日の趣を残す場所はいくらでも見つかる。
丁寧に探せば、たいていの素材は手に入るし、
時代の雰囲気を再現するのも、
それほど難しくはないように思われる。
しかし、日本で大正から昭和にかけての雰囲気を
残す町並みなど、どこを探しても無い。
まだ疎らな市街、舗装されていない道、
昭和30年代に作られたTV番組の中に登場する風景さえ、
今となってはその面影すら見ることは出来ない。
日本中があまりに一様に変化してしまったため、
たった50年前の生活を、想像することすら不可能なのである。
いっそ500年前というのならば、京都や奈良を見ればよい。
だが、さほど古くないというそのことが、
逆にその再現を難しいものにするのである。
当時のモニュメント建築の代表であった
浅草十二階を始めとして、
関東大震災と空襲により灰燼に帰した建物は多い。
わずかに残る銀座のビル群なども、
いずれ取り壊され建て替えられるであろうことを考えると、
写真資料だけをたよりにその時代の空気を写しとろうと
するのは、いかにも心許ない作業のように思われる。
しかし、逆輸入的アールヌーヴォーやアールデコによって、
極めてモダンに完成された朝香宮邸などを見ていると、
うずうずと挑戦したくなってくるのもまた事実。
山本夏彦翁の著作「夢想庵物語」を読んでいると、
大正期を闊歩した名士や文化人が活写され、まことに面白いが、
それ以上に当時の日本社会が非常にモダンで自由な
気風に満ちていたことが分かり、驚かされる。
日本の風土が伝統的に持っていた闇の部分と、
変わっていく時代を生きる人間のバイタリティー。
どちらも、今は見かけなくなってしまったものだ。
それを描く機会がやってくることを、
僕は願っている。

菊田裕樹(Hiroki Kikuta) 1962年愛知県生。関西大学文学部哲学卒。漫画家を経て1991年にコンシューマゲーム開発会社であるスクウェアに入社。ゲーム音楽の作曲家として、「聖剣伝説2」「聖剣伝説3」「双界儀」などの制作に携わる。1997年株式会社サクノスを立ち上げ独立、ホラーRPG「クーデルカ」を制作。以後、フリーに。ゲームプロデューサー、ディレクター、シナリオライター、オンラインゲーム設計など、経歴多数。現在は再びゲーム音楽のフィールドを中心に仕事をする毎日。最近作は2010年末にセガより発売されたPSP向けRPG「シャイニング・ハーツ」。