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	<title>Angel&#039;s Fear &#187; 1991年</title>
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	<description>Welcome to Angel’s Fear, Hiroki Kikuta official website for all video-game music followers !</description>
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		<title>Library : 伝説の日々</title>
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		<pubDate>Thu, 13 Apr 2000 16:00:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>菊田 裕樹</dc:creator>
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		<description><![CDATA[伝説の日々 2000年4月 公開 僕が株式会社スクウェアの面接を受けに行ったのは、 1991年の初夏のことだったと記憶している。 当時、まだ赤坂のアルファベットセブンビルの 二階を占めるに過ぎなかった開発部から程近い建物...]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
<div class="library_bk">
</p>
<blockquote><p>
<h2>伝説の日々</h2>
<span style="font-size: 13px; line-height: 3em;">2000年4月 公開</span><br />
<br />
僕が株式会社スクウェアの面接を受けに行ったのは、<br />
1991年の初夏のことだったと記憶している。<br />
当時、まだ赤坂のアルファベットセブンビルの<br />
二階を占めるに過ぎなかった開発部から程近い建物に、<br />
事務部の受付があった。<br />
ファイナルファンタジー4が発売される前。<br />
音楽チームには植松伸夫氏、伊藤賢治氏、赤尾実氏の<br />
三人が在籍するのみで、業務拡張を見込んでの<br />
人材募集に僕が応募したのだ。<br />
とはいえ、それらの事情が分かってきたのは、<br />
ずっと後になってからのこと。<br />
元来がアーケード主体のゲーマーだった僕は、<br />
スクウェアという会社がどのような業務を<br />
しているのかも知らず、またリリースされたソフトも、<br />
一本もプレイしたことがなかった。<br />
入社して初めて、自分がスーパーファミコンのゲーム開発に<br />
携わることを聞かされたのである。<br />
珍しくスーツを着て、ネクタイまで締めて面接に<br />
行った僕を迎えたのは、極めてラフな格好をした<br />
植松氏と伊藤氏であった。<br />
何を話したか今となっては定かではないが、<br />
僕がデモテープとして提出した曲が、<br />
アラン・ホールズワース風のものだったことから、<br />
プログレの話題で盛り上がったことは覚えている。<br />
最初の仕事はロマンシング・サガの効果音。<br />
RPGというものは多くのBGMを必要とすると同時に、<br />
多くの効果音を必要とする。<br />
足音、剣を振る音、打撃音、魔法から、召喚獣まで、<br />
ゲームを彩るあらゆる種類の音を、<br />
ひとつひとつ作っていくのである。<br />
当時は、専任のスタッフが居なかったため、<br />
グラフィックの若手や、音楽好きの有志が集まって、<br />
わいわいやりながら、格好良い音を競ったものである。<br />
赤坂の開発部は、まだ全員が顔見知りで、<br />
とてもアットホームな雰囲気の、居心地の良い環境であった。<br />
僕が夜中デバッグをしている隣で、<br />
ディレクターの河津氏が椅子を並べて仮眠をしていたのも、<br />
懐かしく思い出される。<br />
その後、全社が移転したのが恵比寿、ISビルである。<br />
中心の部分に空き地が有り、茶室が設けられているという、<br />
妙な形の建物だった。<br />
最初は人も少なく、まるまる空いた階もあったため、<br />
皆でモデルガンを持ち込んで、シューティングレンジに<br />
した頃もあったのは内緒である。<br />
さて、このビルで、音楽チームはわがままを言って、<br />
各々、広い個室をもらった。<br />
作りながら音楽を聴いてチェックするには、<br />
他に迷惑を掛けないスペースが必要なためだ。<br />
6帖ほどもあるかというその部屋は、<br />
その後数年間、僕の住処となる。<br />
比喩ではない、文字どおりそこに住み込んだのである。<br />
アパートは借りていたが、戻るのはせいぜい<br />
月に一回程度。それ以外はずっと会社に居続け、<br />
食事は全て外食、風呂は駅前の銭湯、<br />
洗濯物はコインランドリーという有り様で、<br />
昼になると寝袋から出てそのままモニターの前で<br />
データの整理をする毎日だった。<br />
作曲に使うのはシーケンスソフトだが、<br />
そのデータのままではサイズが大きすぎてゲームのロムに<br />
載せられない。あるいは余分な情報を省略し、<br />
あるいはループコマンドを書き込み、少しでも小さいデータで<br />
豊かな表現を生み出すことが、最大の目標となる。<br />
そのとき使った資料もファイルもそのまま残っているが、<br />
今見ても、よくこんな仕事をしたものだと思う。<br />
こだわった音色に関しても同じこと。<br />
出来合いの音源で曲を作り、後で辻褄を合わせていた<br />
サウンドチームに、サンプラーというものを持ち込んだのは<br />
僕である。自前のAKAI S-900が大活躍した。<br />
いったん波形エディットを施し、スーパーファミコン上で<br />
鳴る状態にしたものを、もう一度サンプラーに戻して、<br />
それを音源として作曲したのである。<br />
つまり、実際にゲーム機で鳴るはずの音を聴きながら、<br />
曲を作れる環境を整えたわけだ。<br />
音楽はメロディーだけではない。<br />
演奏に使われる楽器や、エフェクトまで掌握して初めて<br />
自分のスタイルと呼べるものを生み出すことができる。<br />
我がままな言い分かも知れないが、<br />
人任せにする部分が、少なければ少ない程よいのである。<br />
気が遠くなるほどの手間と、細かい調整を経て、<br />
聖剣伝説2の音楽は完成した。<br />
もとより、前作の雰囲気を受け継ぐ気は微塵も無かったので、<br />
全くがオリジナル、いかにも僕らしい実験的な<br />
作品に組み上がった。<br />
特にオープニングは出色。<br />
その頃のゲーム制作の現場には、音楽と映像のシンクロ、<br />
などと言っても、誰ひとり理解するものは居なかったが、<br />
画像のプログラムが出来上がるまで粘り、<br />
それに合わせて音楽を作曲し、さらに微調整を加えて、<br />
画面に鳥が現れるタイミングと曲の展開を同期させるという、<br />
前例のないこだわりを見せることが出来た。<br />
昨今の派手な演出から見れば、<br />
ただ絵が出るだけの地味なものだが、<br />
シンプルな力強さといい、映像と音楽の一体感といい、<br />
今もって、これに優るゲームのオープニングは<br />
無いと自負している。<br />
ところで、聖剣伝説2のBGMにはそれぞれ、<br />
ちょっと変わった曲名が付いている。<br />
例えば前出のオープニングは「天使の怖れ」。<br />
（このサイトの名前でもあるのは御承知の通り）<br />
実は、著名な文化人類学者であるグレゴリー・ベイトソンを<br />
父にもつ、メアリー・キャサリン・ベイトソンが、<br />
父の思い出に捧げて出版した研究書のタイトルである。<br />
また「子午線の祀り」は、山本安英によって演じられた、<br />
木下順二作の群読劇だし、「最後から二番目の真実」は<br />
フィリップ・K・ディックの書いたSF小説である。<br />
実は聖剣伝説2の全ての曲名は、なんらかの引用やもじりで<br />
成り立っているのである。<br />
そのまま付けたものもあれば、雰囲気だけもらったものもある。<br />
それぞれ僕の心に印象を残した先達の作品群。<br />
果たしてユーザー諸氏は、いくつお分かりだろうか。<br />
<div id="Library-original"><a class="Library-original-link" title="伝説の日々（１）" href="http://www.zephyr.dti.ne.jp/~deadtech/a17a.htm" target="_blank">この記事のオリジナルファイル（2000年4月）</a></div>
</p></blockquote>
<p>
</div>
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